台湾の恐竜裁判官と国民

台湾の恐竜裁判官と国民

 

2021年03月24日

台湾において、「恐竜裁判官(中国語:恐龍法官)」という言葉がある。「恐竜裁判官」とは、恐竜が生きていた時代の裁判官、つまり時代遅れの裁判官を指す。この「恐竜裁判官」は台湾で有名な事件の判決があるたびに日常的に使用される言葉である。

最近では、母親を殺害した事件の控訴審において、自らの薬物使用等により識別能力がなかったために裁判官が無罪を言い渡した事件において、国民から、また「恐竜裁判官」が出現したなどと揶揄されニュースになっている[1]。結果的には、最高裁判所によってこの判決は高裁へと差し戻しされたが、それでも国民の司法への信頼は揺らいだままである。国民が裁判官をそれほど信用していないことは、2020年度裁判官信用度調査において、裁判官への信用度が53.9%であることからも分かる。ちなみにこの53.9%という数字は、ここ15年間において最高の水準である[2]

では、この「恐竜裁判官」は本当に時代遅れな裁判官なのであろうか。確かに、「恐竜裁判官」と呼ばれても仕方のないような判決を下す裁判官がいるのは事実である。しかし一方では、国民と法律との差が「恐竜裁判官」を生んでいることもあるのではないだろうか。例えば、国民の常識と法律とがかけ離れていれば、国民にとっての当たり前と法律にとっての当たり前が大きく異なることになり、結果的に国民にとってその裁判官は「恐竜裁判官」と呼ばれるようになるということである。

実際、台湾において、国民の常識と法律がかけ離れている事件をよく目にする。例えば最近の「違法駐車」に関するニュースでは、トラック運転手が並列違法駐車をしたため、後続のバイクがクラクションで注意したところトラック運転手はバイクの運転手に対し「度胸があるな」などと返答し殴る姿勢で威嚇をしたものがある[3]。この手の反省せずに反対に怒る「違法駐車」関連のニュースは台湾では日常茶飯事である。車購入時に車庫証明の必要がない台湾において、特に都会では、常に駐車場不足が問題になっており、さらに駐車場がない店舗も多く、その結果、当たり前のように違法駐車が行われている。また、これら違法駐車を警察が取り締まらないことも多い。例えば、違法駐車をしており、そこを警察官がバイクで通過しても警察官は無視するか、クラクションを鳴らして車をどかせることが多く、すぐに違法駐車を取り締まることはしないのである。ある意味、国民への優しさなのか、警察官の怠慢なのか、駐車場が少ない台湾においては仕方がないのでそのように対応しているのかそれはわからない。しかしその結果、国民は法律の規定から益々離れた行動を採るようなり、駐車場がないのだから違法駐車をしても仕方ないと考えるようになるとも考えられる。

少し昔のニュースになるが、実際に住んでいるアパートに駐車スペース(バイク)がないため違法駐車をしており、隣の家の住人から違法駐車の検挙をされた結果、違法駐車を反省せず反対にこれは隣の住人の嫌がらせである、この違法駐車の罰金は無効であると本気で話している人もいるのである[4]。駐車スペースが必要であるならば、駐車スペースがあるアパートに住むというのが法律の規定に反しないように判断した結果、採りうる行動であるが、仮にこの人が住むアパートに駐車スペースがないのだから違法駐車をしても仕方ないと考えているのであれば、駐車スペース(路上駐車スペースを含め)がないアパートに住むことにしたのも理解できる。

このように考えると、この「恐竜裁判官」は裁判官自身の問題のみならず、「国民」の常識と法律との乖離現象も絡み合って生み出だされた言葉なのかもしれない。


[1] 黃靖芸律師、民視新聞網、又是恐龍法官?律師帶你看弒母砍頭案無罪判決、2020年09月03日。https://www.ftvnews.com.tw/news/detail/2020903W0053(最終検索日 : 2021 年03月24日)。

[2] 司法院新聞稿、司法審判觀感、法官信任度創歷年新高—109年「一般民眾對司法認知調查」結果、第2頁、109年10月27日。

[3]孟國華、三立新聞網、有錯在先還囂張!貨車違停遭勸 駕駛飆國罵怒嗆:你膽識好、2021年02月20日。https://www.setn.com/News.aspx?NewsID=899788(最終検索日 : 2021 年03月24日)。

[4]馬郁雯、賴興俊、三立新聞網、違停紅線被開百張罰單 婦疑鄰居惡意檢舉「快崩潰了」、2016年10月30日。https://www.setn.com/News.aspx?NewsID=194117(最終検索日 : 2021 年03月24日)。